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大阪高等裁判所 昭和47年(ネ)1510号 判決

控訴人 福井靖郎こと 福井彦左衛門

右訴訟代理人弁護士 戸毛亮蔵

被控訴人 棚山利夫

右訴訟代理人弁護士 白井源喜

同 白井皓喜

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判効を取消す。被控訴人の請求を棄却する。民事訴訟法第一九八条第二項にもとづき、被控訴人は控訴人に対し金八八万九、八八〇円およびこれに対する昭和四三年九月一日から昭和四八年四月二四日まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに金員支払部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、主文と同旨、ならびに控訴人の民事訴訟法第一九八条第二項にもとづく申立を棄却する、との判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠の関係は、次に付加するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。(ただし、原判決三枚目表六行目の「いずれも」の次に「(甲第三ないし第六号証については原本の存在も)」を加える。

(控訴人の主張)

一、被控訴人は、昭和四三年六月二四日、訴外桐山多加子ほか五名とともに発起人となり、株式会社奈良県月の友の会を設立したものであるが、本件取引当時は、すでに右発起人組合結成中であった。もとより発起人の職務は、商法の規定により会社設立のための行為に限られているが、一たん発起人組合が設立されると、発起人組合はいわゆる当事者能力を有するに至るものであり、殊に本件取引は、終始「奈良県月の友の会」の名によって行なわれてきたのであるから、その名はすでに社会生活上独立した組織体として法律行為をなし、権利義務の主体となりうるかのように受けとられる。そして、右組織体が引続き株式会社となり、法人格を具備するに至ったのであるから、従来の取引関係は当然右会社に承継されたものといわねばならない。

二、被控訴人は卸売商人であり、控訴人は小売商人である。したがって、その間の代金債権は、民法第一七三条第一号により二年間の権利不行使によって消滅時効が完成する。本件は昭和四三年五月二日の取引による商品代金債権であって、毎月末締切り六〇日以内に支払の約であったから、同年七月三〇日から二年を経過した昭和四五年七月三〇日をもって消滅時効が完成したものである。

三、被控訴人は控訴人との間に本件当時多種多額の取引があったのであるが、被控訴人がした破産申立人の破産債権は、その申立によると、昭和四三年五月三日売渡しにかかる金八九万八、八〇〇円というのであって、本件債権の売渡日、金額と相違しており、両債権は別個のものである。したがって、右破産の申立によって、本件債権の消滅時効を中断するものではない。

また、右破産申立は、控訴人に破産原因がないのになされたもので権利濫用である。破産裁判所は、後記のように右申立が取下げられるまで、これを却下せずにいたのであるが、右申立は申立の段階において既に却下されたも同様の関係にあったものである。

のみならず、被控訴人は、その後昭和四八年四月二四日控訴人に対する右破産の申立を取下げたものであるから、民法第一五二条により、右破産申立は時効中断の効力を有しないものである。

四、ところで、被控訴人は、控訴人に対する強制執行として原判決の仮執行宣言にもとづく転付命令により本件売掛代金債権のうち元利合計五一万一、四八二円の弁済を受け、またその後同年四月二四日控訴人は被控訴人に対し右仮執行宣言にもとづく強制執行を免れるため、元利金合計六一万五、五三二円を弁済した。すなわち被控訴人は右仮執行宣言にもとづき結局合計金一一二万七、〇一四円の取立をなしたものである。

しかしながら、前叙のように、被控訴人の本件売掛代金債権は既に時効により消滅しているのであるから、被控訴人の本訴請求は理由がなく、棄却されるべきであり、したがって原判決は取消を免れない。

よって、控訴人は、被控訴人に対し、民事訴訟法第一九八条第二項により、被控訴人が右仮執行の宣言にもとづいて控訴人より給付を受けた金員の返還を求める。

(被控訴人の主張)

一、本件取引は、株式会社奈良県月の友の会の設立登記以前に被控訴人個人がなしたものであるが、右会社の定款によると、被控訴人個人の営業上の資産を引継ぐことの記載はないのみならず、発起人組合の権限は会社の設立に必要な行為に限られる。すると、会社が変態設立事項以外の設立前の取引を継承する根拠がなく、控訴人の主張は理由がない。

二、被控訴人と控訴人との間には、本件のほかに売掛代金債権は存在しないのであるから、本件債権と破産申立債権の金額の違いは、破産申立の際に金額を誤記したことによるものであり、被控訴人の破産申立により本件売掛代金債権の消極時効の進行が中断されたことは明らかである。

なお、控訴人が寝具類の小売商人であることは認める。

三、被控訴人は、控訴人に対する原判決の仮執行の宣言にもとづく転令命令により金五一万一、四八二円の満足を得たほか、残金六一万五、五三二円について、控訴代理人から昭和四八年四月二四日強制執行によらずして弁済を受けた。そこで、被控訴人は、債権全額の満足を得たので、破産申立を取下げたのである。

ところで、既に控訴人が任意に弁済をした金六一万五、五三二円については、右弁済により売掛代金債権は消滅しているから、その後破産申立が取下げられても、右債権が弁済当時にさかのぼって消滅時効にかかることはない。

また、破産手続における権利行使の意思表示は破産の申立が取下げられた場合でも、催告としての時効中断の効力があり、取下げの時から六ヵ月内に訴を提起することによって確定的に時効を中断することができると解すべきであるところ、本件は、破産事件係属中に本訴を提起した事案であるから、後に破産申立を取下げたからといって、中断の効力を生ぜず消滅時効にかかるという根拠はない。

よって、控訴人が、民事訴訟法第一九八条第二項により、その主張の給付金の返還を求めることは理由がない。

(証拠)≪省略≫

理由

一、当裁判所の、本件寝具類等の売掛代金債権およびこれに対する遅延損害金の発生に関する判断は、原判決理由中の当該部分の記載(原判決の理由一、ないし三)と同一であるから、これをここに引用する。

二、控訴人の消滅時効の抗弁に対する判断

被控訴人が寝具類等の卸売商人であり、控訴人がその小売商人であることは、当事者間に争いがなく、また本件売掛代金債権が昭和四三年五月二日の取引によるものであり、毎月末締切、六〇日以内に支払う約定のものであったことは前認定(原判決理由引用)のとおりであるから、本件売掛代金債権については、支払期日の翌日である昭和四三年七月三一日から、民法第一七三条第一号により、二年の消滅時効が進行するものであることは明らかである。そこで、以下時効中断事由の存否について検討する。

被控訴人が昭和四三年六月一三日控訴人に対し破産宣告の申立をしたことは、当事者間に争いのないところである。

控訴人はまず、右破産申立債権と本件売掛代金債権とは別個のものであると主張する。そして、≪証拠省略≫によると、被控訴人の控訴人に対する破産宣告申立書の申立の原因中には、「申立人は被申立人に対し昭和四三年五月三日寝具類金八九万八、八八〇円を売渡した」旨の記載があることが認められるが、≪証拠省略≫によると、右の記載は、「昭和四三年五月二日寝具類金八八万九、八八〇円」と記載すべきところを右破産申立に際し誤記したもので、本件売掛代金債権と同一であることが明白である。

また、控訴人は、右破産の申立は権利の濫用であると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

ところで、控訴人は、右破産宣言の申立は、その後昭和四八年四月二四日取下げられたから、右破産申立は時効中断の効力を生じなかった旨主張するので判断するに、被控訴人が控訴人主張のように右破産宣言の申立を取下げたことは、当事者間に争いのないところであるけれども、債権者のなす破産宣告の申立は、いわゆる裁判上の請求に準ずべきものであるとともに、破産手続上における債権者の客観的な権利行使意思の表示として催告の効力が生ずるものと解すべきであり、後に破産申立が取下げられ、裁判上の請求としては時効中断の効力を生じなかった場合でも、破産手続係属中継続してなされた催告として、その効力は消滅せず、破産申立取下げ後六ヶ月内に更に他の強力な中断事由に訴えることにより、消滅時効を確定的に中断することができるものと解するのが相当である(本件とやや事案を異にするが、最高裁判所昭和四五年九月一〇日判決参照)。そうすると、本訴は右破産申立の取下げ前である昭和四六年七月一日提起されたことが記録上明らかであるから、時効完成前になされたものというべきである。

そうすると、本件売掛代金債権の消滅時効は完成していないものであり、控訴人の抗弁は理由がない。

三、以上のとおりとすれば、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却すべきである。なお、控訴人は、民事訴訟法第一九八条第二項にもとづき、仮執行の宣言にもとづく給付金の返還を求める申立をしているが、本件控訴を棄却すべきである以上、その申立の当否については、判断を示す必要を見ない。

よって、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浮田茂男 裁判官 中島誠二 諸富吉嗣)

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